失恋未遂ネタバレ135話｜時峰とユキのイタリア逃避行、そのとき歴史が動いた・・・！！

 

浪人生の時峰はぼんやりと前を見つめていた。

その視線の先はホワイトボードではなかった。

 

白いブラウスにピンクのカーディガンを羽織り、落ち着いた茶色のスカート。

講師の泉は【平家物語】を朗読していた。

 

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。

 

奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。

猛き者も遂にはほろびぬ、偏（ひとへ）に風の前の塵におなじ」

 

祇園精舎の鐘の音は、「諸行無常」、つまりこの世のすべては絶えず変化していくものだという響きが含まれている。

時峰の泉への感情も日々刻刻と変化していた。

 

さらに言えば、沙羅双樹の花の色は、どんなに勢い盛んな者も必ず衰えるという道理を示しているわけであって、この恋心もやがて色褪せた淡いメモリーとなってしまうのだろうか。

 

時峰はそんなことを考えていた。

 

人は生まれつき、身の回りにあるものごとや自分が経験したことの中に規則を見出す仕組みを持っている。

さらに、自分の経験と他人から聞いたことを結びつけて視野を広げる仕組みも使える。

 

それらの仕組みを使って、人は活動し学んでいくが、その過程で様々なわからないことにぶつかる。

しかし、それを乗り越え賢くなり、次の活動へと進んでいく。

 

そのプロセスが学びである。

 

今、時峰が学んでいるのは勉学のみならず、恋のABCなのであった。

 

学びは達成であり、苦労もあるがそこには楽しさもある。

そして、学びは時間のかかるプロセスであり、人それぞれの固有のものでもあるのだ。

 

時峰は授業を行う泉を観察した。

 

（She's good,I think i wanna love her.)

 

泉の朗読は続く、

 

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。

淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。

 

世の中にある、人とすみかと、またかくのごとし」

 

泉は解説する、

 

「鴨川は今でも京都の町を流れています。

でも流れている水は常に違う。

 

いわば鴨川は時間のなかで止まっているのだけど、その実質である水はひたすら入れ替わる。

 

『世の中にある、人とすみかと、またかくのごとし』。

ヒトも街もおなじですよ」

 

なるほど、そういうことか。

学校の国語の教師はここまでは詳しく教えてくれていなかった。

 

時峰は尊敬の念をもって泉を見つめた。

泉が時峰の視線に気が付いて、一瞬目が合った。

 

泉はすぐに目をそらした。

時峰の彼女の名前はユキ、二人の恋はまるで積み重ねたハーモニー。

小さな巨人が歩いてくるような足音を耳にして時峰は目を覚ました。

「おはよう」

 

目の前にユキがいた。

 

「寝言いってたよ、フランク三浦がどうこうとか・・・」

「ああ、昔裁判でちょっとね・・・」

 

日曜の朝8時過ぎ。

ユキは早速シールドとアンプをつないだ。

 

轟音。

これはエレクトリックサウンドの暴力だった。

 

アパートの両隣の住人はとっくに出て行ってしまい、どちらも空室だった。

ユキが生まれつきのギター侍であることが原因だった。

 

テーブルが振動している。

窓がガタガタいいだす。

 

時峰は目をつむり、静かに息を吐いた。

 

イタリアのフィレンツェ。市民の冬の楽しみはアイススケート

そしてホットチョコレート。

とてもうまい。

 

「冬はやっぱりこれに限るよね」

ユキが笑顔でそう言った。

 

「そうだね」

時峰が答える。

 

ふたりで日にホットチョコレートを2リットルは消費していた。

そろそろ血糖値が気になりだす。

 

時峰は窓から見えるフィレンツェの町並みを見下ろした。

 

犯罪シティ・フィレンツェ。

美しい街だ。

 

祇園精舎の鐘の声　諸行無常の響きあり。

 

祇園精舎は古代インドのお寺である。

 

そこにある鐘が、諸行無常とか是生滅法などと鳴るというが、鐘の音はいつも同じである、にもかかわらず違って聞こえるのは、聴く側の気持ちがいつも違っているからであろう。

 

時峰は、ふとそんなことを考えた。

約束の地、フィレンツェにて

ユキと時峰は駆け落ちでフィレンツェにやってきていた。

フィレンツェは風が駆け抜けていく爽やかな街であった。

 

日本で例えると花巻のような感じだった。

 

「ボンジョルノ、ラッキーモンキー！」

靴屋の主人のラッキーモンキーを見かけた時峰が声を掛けた。

 

「ボンジョルノ、ムッシュ時峰。相変わらず彼女キレイネ」

「HAHAHA！サンキュー、ラッキーモンキー」

 

ラッキーモンキーはいい奴だった。

 

そして歩きながら時峰は言った、

 

「ねえ、ユキ。ラーメンでも食べに行こうか」

「そうね、今日は味噌ラーメンがいいわ」

 

「よし、どさん子ラーメンでも行くか！」

「がってんだ！」

 

そこへ魚屋の主人、リチャード・クリスマスが現れた。

「おふたりさん！突然ですけど、クイズです。2代目のアメリカ大統領は誰？」

 

ふたりはリチャードを無視して歩き出した。

泉の恋のおまじない。小学校時代から続けている、とっておきの必殺技

泉はおせんべいを食べながら、りぼんのページをめくった。

高村ビオメハニカ先生の【ヴァンヘイレン未遂】。

 

主人公のOL、村崎千子のハチャメチャ・スラップスティックコメディー。

泉は毎回楽しみに読んでいた。

 

しかし、突然の最終回。

ラストは考古学者に転身した千子がついに憧れのエジプトに移住したところで終わっていた。

 

泉は連載を再開するように編集部あてに手紙を書いた。

 

2時間後、泉の部屋を訪れた時峰はその手紙を見つけ、読んでしまう。

 

風呂から上がってきた泉が、手紙を読む時峰を発見したことから大げんかに発展してしまう。

約3時間半にわたって口論が繰り広げられた。

 

ケンカの後の仲直りのしるしは、天使のキッス

この先の展開はもしかしたら・・・。

そう思っていた泉。

 

そしてその思いは的中したのであった。